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「JIN─仁─」村上もとか 主人公・南方仁と2人の女性(橘咲、野風)の恋愛模様が爽やか 仁が2人に分かれた格好になる締めくくりがいい

「JIN─仁─」

「JIN─仁─」村上もとか

現代の脳外科医・南方仁が江戸時代末期にタイムスリップし、現代の医術で多くの人を救う物語。

当時の医術なら助からなかった患者を救う爽快感がいい。

有能な助手となる武家の娘・橘咲と吉原の花魁・野風という2人の女性との恋愛模様も爽やか。

ラストでは、タイムスリップを利用して、仁が2人に分かれた格好になり、幕末・明治では咲と結ばれ、現代では野風の子孫と出会うという締めくくりが見事だ。

 

 

仁は、咲にも、野風にも惚れられるが、当初から咲を選んでいた。

別の相手を選ぶのかという土壇場で、仁は咲こそが、咲は仁こそが愛おしい相手だと気づくという展開もいい。

 

仁は、野風に誘惑され、胸元に手を導かれた時に、咲を思い出す。

そして、誘惑をやんわりとはねのける。

外で火災が起きているというのを理由にするが、野風は仁の心を見抜いていて、ひそかに涙を流す。

 

「JIN─仁─」より。場面その1

咲は、仁に思いを寄せながらも親族の勧める縁談を一度は受け入れた。

結納の日という土壇場で、たまたま傷ついた指ににじむ血を見て、仁への愛情に気づき、縁談を断る。

 

「JIN─仁─」より。場面その2

 

野風は、仁と咲が相思相愛だと知りながらも、仁に思いを寄せ続ける。これがけなげ。

そこで、咲は、野風の恋心に思いやりを見せる。この優しさもいい。

 

その咲が、動揺する場面もあるのが、面白い。

野風は、ある隠居大名に身請けされることになり、その前に隠居大名のお抱え医師による健康診断を受けるのだが、そこで、野風は、仁の立ち会いを求める。

仁に触れられ、うれしそうな野風の姿を見て、同席した咲の心が乱れる。

「会えなくなる前に一度、先生に会いたくて、触れられたくて、呼んだのかもしれない。私を同席させたのは、その心を隠すため? それとも、見せつけるため?」と。

そして、次は、乳房と下腹の触診だというところで、仁は、お抱え医師に委ねる。

野風は、ガッカリ。

最後に、せめて愛する人に触れられたいと勝負をかける野風、心がざわつく咲、そして、野風の勝負をかわす仁。

3人の姿が面白い。

 

「JIN─仁─」より。場面その3

その後、野風は乳がんを患っていることが判明。仁の手術を受け、身請け話はなくなる。

花魁を引退した野風は、仁の医院に勤める。

咲にとっては、いなくなるはずだった野風が仁に接近するという予想外の状況だ。

しかし、ここで事件が起き、無実の罪で仁は拘束され、拷問を受けるという展開に。

疑いが晴れて釈放された仁は、出迎えた咲の姿を見て、愛情を深める。

野風は、いたたまれず、2人の姿から目をそらす。

 

「JIN─仁─」より。場面その4

一方、野風は、無実の罪で拘束された仁が牢内で殺されないように、巨額の賄賂を牢の主らに届けていた。

このおかげで仁は殺されずに出てこられたのだ。

 

ちなみに、江戸時代の牢内では、「ツル」と呼ばれるお金を牢内の主らに払えなければ、リンチを受けて殺されていたようだ。

このへんの事情は、江戸時代の首斬り役人・山田朝右衛門が主人公の劇画「首斬り朝」(原作・小池一夫、作画・小島剛夕)や、昭和初期の矯正院(現在の少年院)も舞台のひとつとなる漫画「暴力大将」(どおくまん)にも、出てくる。

 

野風は、来日していたフランス人・ルロンからの身請け話を受け入れて、その大金を工面していたのだ。

いわば、仁のために身を売った格好だ。

だから、釈放されて出てきた仁と咲のほんわかな姿から、目をそらした野風の心境は、いたたまれないどころではなかっただろう。

 

野風の計らいを知った咲は、複雑な心境を仁に明かす。

野風がそこまでのことをしたのに「(野風が身請け話を受けて)いなくなることに、実はホッとしている。私の心は、醜うございます」と。

仁は、そこまで俺に惚れてくれていたのだなと感じて、うれしくなった様子。

ここで何も言ってやらない不器用さが女性2人を引きつけた仁の魅力なのだろうか。

 

「JIN─仁─」より。場面その5

野風は、しばらくは遊女の福祉施設を開いて営みながら日本で暮らしていた。

しかし、ルロンと結婚式を挙げて、日本を離れることになる。

その直前、野風が経営する遊女福祉施設が火災に遭い、逃げ遅れた遊女を助けるため、野風は炎の中に飛び込む。

これで、野風が焼け死んでいたら、咲と野風の関係はモヤモヤを残したままだったに違いない。

無事に出てきた野風を、仁は「いくら何でも無謀です。命知らずにも程がある」と叱りつける。このへんのまっすぐさも、女性2人を惹きつけた仁の魅力なのだろう。

実際、野風は感激。「先生は、あちきを心配して怒ってくれたのでおざんしょう。うれしくて、まんだ胸が震えていす」と。

 

「JIN─仁─」より。場面その6

それで、気持ちが高ぶったのか、野風は、その後、仁の胸に顔を埋めて涙を流す。

「ごめんなんし。少しだけ。もう二度と泣きんせんから」と。

不器用な仁も、さすがに、この局面では「野風さん・・・どうか、お幸せに」と言って抱きしめる。

 

「JIN─仁─」より。場面その7

これで気持ちがスッキリしたのか。野風は、日本を離れる前の結婚式で、手にしたブーケを咲に贈る。

「西洋では、花嫁の持つ花を受け取った未婚の女性が次に結婚するという言い伝えがあるそうでんす。次は、咲さまの番でありんしょう?」と。

 

「JIN─仁─」より。場面その8

野風は仁への思いを吹っ切ったと感じた咲は、結婚披露パーティーで、ダンスを勧めてきた野風に、粋な計らいを見せる。

「ルロンさんに教えていただけるなら」と。

 

「JIN─仁─」より。場面その9

言うまでもなく、自分がルロンとペアになることで、仁と野風をペアにしようという計らい。

鈍い仁に、咲が後押しする。「先生も野風さんに教えていただいたら、いかがでしょう?」と。

 

「JIN─仁─」より。場面その10

野風は、咲の意図を察して、仁と踊り、喜ぶ。

「このダンスは、咲さんからのプレゼントでおざんしょう」と。

この結婚式~ダンスの場面が、3人の恋愛模様のヤマ場だ。

 

「JIN─仁─」より。場面その11

ところで、男性は少し鈍いくらいのほうが女性を惹きつけるのかなとも思った。

食文化漫画の名作「美味しんぼ」(原作・雁屋哲、作画・花咲アキラ)でも、恋愛方面に鈍い主人公・山岡士郎に、その妻となった、ゆう子(旧姓・栗田)が「男性は少し鈍いくらいがいいのよ」みたいなことを言っていたと思う(ただし、当初は、ゆう子は士郎の鈍さをたびたび責めていた)。

 

さて、本作「JIN─仁─」は物語終盤、仁と咲に危機が訪れる。

咲が事件に巻き込まれて、重傷を負い、緑膿菌に感染して瀕死状態になったのだ。

しかも、ここに来て、仁の身体に異常が現れ、咲は、仁が「未来」(仁や私たちからすれば現代)に帰るのではないかと直観する。

仁は咲を抱きしめて言う。

「どこへも行かない。あなたを離さない。私は、必ず、あなたを助けますから」と。

咲の目には涙。

鈍い男性も、ここぞという時は、決める。

 

「JIN─仁─」より。場面その12

咲を救うには現代の薬品が必要。

ちょうどよく、このタイミングで、仁はタイムスリップ現象に遭って現代に戻り、目当ての薬品を入手する。

そこで現代の自分と鉢合わせになり、再び、タイムスリップ現象の渦が起きる。

 

現代で目覚めた仁(幕末から戻ってきた仁と鉢合わせになったほう)は、すべてを知る。

幕末に戻った仁(オリジナル)は、現代の薬品で咲を救い、さらに咲と結婚して病院を創設していた。

現代の仁は、タイムスリップ現象の副作用(?)で、オリジナル仁が幕末に体験した記憶を共有していた。

つまり、仁が2人に分かれた格好だ。

 

現代に取り残され、寂しさも感じていたところ、フランスの医師が訪ねてくる。

それは、野風の子孫のマリー・ルロン。

現代の仁は、マリーをデートに誘い、今後の交際を予感させて物語は幕を下ろす。

読後感は爽やかだ。

 

ここ最近の記事では、「大いなる完」「暴力大将」「猛き黄金の国 道三」、そして、この「JIN─仁─」を、恋愛模様を切り口に考察してみた。

どの作品も「主人公が大物にのし上がる」「主人公が現代の医術で昔の人々を救う」といった本筋部分はもちろん、面白い。

だけども、登場人物の恋愛模様みたいにサブ的な要素にも面白さがあった。

結局、本筋をしっかりと持ちつつ、サブ的な要素でも読者を惹きつけられると、作品の幅が広がって、より多くの読者を惹きつける名作になるということだろう。

漫画家・巻来功士の自伝的作品「連載終了!」でも、触れられていた「横糸」の大切さをあらためて、感じた。

 

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